
不正アクセスや情報漏えいといったサイバー事件のニュースを目にする機会が増えています。こうしたトラブルの原因を特定し、再発を防ぐために活用されているのが「デジタルフォレンジック」という調査技術です。
目に見えないサイバー空間で、誰が・いつ・何をしたのかを明らかにする――それがフォレンジックの役割です。この記事では、専門用語に詳しくない方にもわかりやすく、デジタルフォレンジックの基本と活用方法を解説します。
デジタルフォレンジックとは?
「フォレンジック」とは、本来「法廷の」「鑑識の」といった意味の言葉で、証拠に基づいて事実を明らかにすることを指します。
そこから派生した「デジタルフォレンジック」は、パソコン、スマホ、ネットワーク機器、サーバーなどに記録されたデジタル情報を収集・分析し、インシデントの原因や関係者を特定する技術です。
この技術は、警察の捜査や裁判証拠だけでなく、企業における情報漏えい調査や不正アクセスへの対応、コンプライアンス対応などにも広く活用されています。
重要なのは、調査の過程で証拠の信頼性を損なわないことです。取得から保管、分析に至るまでの一連の記録を厳密に管理する「Chain of Custody(証拠保全の一貫性)」の考え方も不可欠となります。
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デジタルフォレンジックの基本プロセス

デジタルフォレンジックは、主に以下のようなステップで進められます。
① インシデントの把握
まずは、何が起こったのかを正確に把握します。被害範囲、使用された機器、関係者の洗い出しなどを通じて、調査の方向性を明確にします。
② 証拠の収集と保全
フォレンジックでは「証拠の改ざんや消去を防ぎつつ、安全に収集すること」が重要です。
調査対象には、ハードディスクの内容、ネットワークの通信記録、アクセスログ、USBメモリの接続履歴、メモリ内の揮発性データなどが含まれます。
専用ツールを用いて、対象データのイメージ(複製)を作成し、オリジナルは変更されないよう厳重に保護します。
③ 分析と可視化
取得したデータを解析し、ファイルの復元、操作ログの分析、メールの送受信記録の確認、アクセス元IPの追跡などを行います。「どの時点で何が起こったのか」「その時どのような操作がされていたか」といった事実を、時系列で明らかにしていきます。
④ 調査結果の報告
最終的に、調査結果を報告書としてまとめます。企業では、経営層や関係者への報告に活用され、必要に応じて再発防止策の提言や法的手続きにもつながります。
デジタルフォレンジックが活用されるシーン
デジタルフォレンジックは、次のような場面で活用されています。
サイバー攻撃の原因調査
マルウェアの侵入経路、不正アクセスの手口、被害範囲などを明らかにし、今後の対策に活かします。
内部不正の発覚と証拠確保
従業員による機密情報の持ち出し、業務データの改ざん、不正メール送信など、社内で発生した不正行為の証拠を収集・分析します。
コンプライアンス違反・情報漏えい対応
情報漏えい事故が発生した際、調査報告を通じて社内外に説明責任を果たし、取引先や消費者の信頼を回復するためにも活用されます。
法的紛争・訴訟への対応
企業間の契約トラブルや従業員の労働争議など、訴訟時に必要な「証拠の裏付け」としてもフォレンジック調査が行われることがあります。
このように、フォレンジックは単に「犯人捜し」に使われるだけでなく、企業にとって重要な証拠保全とリスク管理のツールになっているのです。
クラウド時代の新たな課題
企業のITインフラはオンプレミス(自社サーバー)からクラウド環境へ急速に移行していますが、それに伴い、フォレンジックにも新たな課題が生まれています。
ログが取得できない?
クラウドサービスの多くは、ログの取得可能期間や内容に制限があります。標準プランでは30日しかログが保存されないサービスもあり、インシデントに気付いたときにはすでに証拠が失われていることも。
管理者権限の限界
クラウド上では、自社だけで完結する証拠取得が困難になることもあります。たとえば、サービス事業者にしかアクセスできない情報がある場合、対応が遅れるリスクがあります。
国際的な壁
データの保存場所が海外にある場合、現地の法制度が関係し、証拠取得や保管に制約がかかることも。これは、特に法的対応が必要な場面で大きなハードルとなります。
こうした課題に備えるには、「クラウドでもログを長期間保存するよう設定する」「インシデント対応マニュアルをクラウド対応にアップデートする」など、平時からの準備と体制整備が重要です。
まとめ
デジタルフォレンジックは、目には見えないサイバー空間の“真実”を解き明かすための重要な手段です。攻撃や不正が発生したあとでも、何が起こったのかを正確に調べ、対策や責任の所在を明らかにすることができます。
そして、クラウドの普及により、今後はさらにフォレンジックの技術と対応力が求められるでしょう。
そのためには、企業や組織がインシデント対応の体制を整え、社内教育を進めておくことが不可欠です。
「何が起こったのかを正確に知る」――それは、サイバー時代の危機管理における出発点です。
デジタルフォレンジックという“見えない守り手”の存在を知っておくことが、トラブルから身を守る第一歩になるかもしれません。
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