
スマホでのやり取り、ネットショッピング、SNS投稿――私たちの生活は、見えないところで「データのやり取り」に支えられています。そんな中、注目されているのが「暗号化」です。
聞いたことはあるけれど、実際どんなもの?なぜ必要?この記事では、暗号化の基本や種類、実際の事件を交えて、セキュリティ初心者にもわかりやすく解説していきます。
暗号化とは?

暗号化とは、情報を「第三者に読めない形」に変える技術です。元のデータ(平文)を一定のルールで変換して、見ても意味がわからない文字列にします。そして、そのデータを元に戻す(復号)には“鍵”が必要になります。
暗号化されていれば、たとえ通信中のデータが盗まれても、鍵がない限り内容は解読できません。つまり、大切な情報を守る「鍵付きの金庫」のような役割を果たすのです。
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暗号化の種類
暗号化には3つの種類があります。ここでは、その方式について紹介します。
共通鍵暗号方式(Symmetric-key encryption)
暗号化と復号に同じ鍵を使う方式です。送信者と受信者が事前に共通の秘密鍵を共有しておき、送信者はその鍵でデータを暗号化し、受信者は同じ鍵で復号します。ちょうど「合いカギ」を相手と交換して、同じ鍵で金庫を開け閉めするイメージです。これにより、処理速度が速く、大量のデータを効率的に暗号化できます。
ただし、暗号化と復号化に同じ鍵を使用するため、盗まれないよう安全な方法で鍵を共有しなければなりません。代表的なアルゴリズムにAES、DES などがあります。
公開鍵暗号方式(Public-key encryption)
公開鍵と秘密鍵の2つの鍵を使います。一方は誰にでも配ってよい公開鍵、もう一方は自分だけが秘密に保持する秘密鍵(または公開鍵に対応する私有鍵)です。公開鍵暗号方式では、送信者が受信者の公開鍵を使ってデータを暗号化し、受信者は自分だけが持つ秘密鍵で復号します。
公開鍵暗号方式のメリットは、鍵管理が容易で安全性が高いことです。公開鍵は広く配布しても問題ないので、共通鍵方式のような「鍵を安全に渡す」手間が省けます。しかし、共通暗号方式と比べて複雑な暗号方式になるため、処理に時間がかかる傾向があります。代表的なアルゴリズムにRSA、ECC などがあります。
ハイブリッド暗号方式
ハイブリッド暗号方式とは、共通鍵暗号方式と公開鍵暗号方式を組み合わせた暗号方式です。公開鍵暗号の「安全に鍵を共有できる」という利点と、共通鍵暗号の「処理が速い」という利点の両方を活かし、欠点を補う仕組みになっています。
ハイブリッド暗号方式は、現在のインターネット通信で広く使われています。たとえば皆さんがウェブサイトを閲覧するときの「HTTPS(SSL/TLS通信)」もハイブリッド暗号の一種です。
ブラウザとサーバーが公開鍵暗号を用いて一時的な共通鍵を交換し、その後の通信データは共通鍵暗号(AESなど)で暗号化されています。これによってオンライン通信は高速かつ安全に行われており、私たちは意識せずともハイブリッド暗号の恩恵を受けているというわけです。
暗号化が重要な理由
ここでは暗号化が重要とされている理由について3つ紹介します。
通信の盗聴を防ぐ|“見えない盗聴者”からデータを守る
インターネットを使った通信は、想像以上に多くの中継地点を経由しています。たとえば、自宅のWi-Fiからルーター、プロバイダ、通信回線、サーバー…といったように、あなたのデータはさまざまな場所を通過して目的地に届きます。
この途中で、悪意ある第三者が通信を傍受しようとするケースがあります。特に暗号化されていない通信では、メールの内容やID・パスワードなどがそのまま見えてしまうため、のぞき見や情報窃取のリスクが高まります。
とくに公共Wi-Fi(空港・カフェ・ホテルなど)は危険です。セキュリティが甘く、通信内容が傍受されやすい環境になっています。暗号化されていれば、たとえ盗聴されたとしても、内容を読み取ることは非常に困難になります。
個人情報・機密データを守る|漏れても“読めなければ”安心
氏名・住所・電話番号・クレジットカード情報・パスポート番号――こうした個人情報は、一度流出すれば悪用されるリスクが非常に高く、被害が長期化することも珍しくありません。また、企業の営業機密や顧客リストなども、外部に出れば信頼失墜や損害賠償につながる深刻な問題になります。
こうした機密性の高い情報は、漏らさないことが第一ですが、それでも万が一の漏えいに備えることも重要です。たとえば、データベースやバックアップファイルを暗号化しておけば、たとえ攻撃者に盗まれても内容を読み取ることができません。
つまり、暗号化は「最後の防衛線」。侵入を完全に防ぐのが難しい現代において、漏れてしまったときのリスクを抑える“ダメージコントロール”の役割を果たしてくれます。
法令やガイドラインへの対応|「やらないと違反」になるケースも
個人情報や機密データを扱う企業にとって、暗号化は単なるセキュリティ対策にとどまらず、法的・契約的な要件としても求められています。
たとえば日本の「個人情報保護法」では、個人データを安全に管理することが事業者の義務とされています。そして暗号化は、その安全管理措置の一つとして推奨される代表的な方法です。
また、海外ではより厳しい基準もあります。EUの「GDPR」では、個人データ保護のための具体的な技術的措置として暗号化が明示されており、適切な対応を怠った場合は巨額の罰金が科されることもあります。
つまり、暗号化は「やっておくと安心」ではなく、「やらなければ責任を問われる」時代に入っているのです。
暗号化をしていなかったことで起きた事件
ここでは暗号化してなかったことで発生した事例について紹介します。
JTB個人情報流出(2016年)|パスポート番号まで生で保管、暗号化の不備が被害拡大に
2016年6月、大手旅行会社JTBのグループ会社「i.JTB」が標的型メール攻撃に遭い、約793万人分の個人情報が外部に流出した可能性があると発表しました。流出したのは、顧客の氏名・住所・電話番号・メールアドレスのほか、一部にはパスポート番号や勤務先情報まで含まれていたことが明らかになっています。
原因と暗号化の問題点
この事件の発端は、社員が開いた不審なメールの添付ファイルを実行してしまったことでした。これにより、マルウェアに感染し、社内の端末が乗っ取られ、サーバーに保存されていた個人情報の一部が外部に転送されてしまったのです。
ここで問題となったのが、サーバー内の個人情報が暗号化されず“生のまま”保存されていたことです。万が一に備えてデータベース自体が暗号化されていれば、仮に盗まれても内容を解読するのは困難だったはずですが、そうした対策が不十分でした。
教訓と影響
この事件は「標的型攻撃+暗号化未実施」という最悪の組み合わせによって、多くの個人情報が読み取れる形で流出してしまったという意味で、企業の情報セキュリティ体制に大きな警鐘を鳴らす出来事となりました。
発表当時、JTBは「信頼の回復に努める」と述べましたが、旅行会社という個人情報を多く扱う業種において、このような暗号化不備の発覚は致命的であり、業界全体にも大きな衝撃を与えました。
Stratforハッキング事件(2011年)|情報分析会社で暗号化せずに保存されたカード情報が流出
2011年12月、米国の情報分析会社「Stratfor(ストラトフォー)」がハッカー集団「Anonymous」によって攻撃され、約4万人分のクレジットカード情報を含む個人データが流出しました。
事件の詳細
Stratforは政治・経済・安全保障に関する情報を政府機関や企業向けに提供していた民間情報機関です。ハッキングによって漏えいしたデータには、クレジットカード番号、カードの有効期限、セキュリティコード、名前、住所、電話番号、メールアドレスなどが含まれていました。
被害者には米政府関係者、軍関係者、企業幹部などが多く含まれており、流出したカード情報の一部は、実際に不正利用にも使われたと報じられています。
暗号化されていなかったという致命的なミス
報道によると、Stratforはカード番号を暗号化せずにプレーンテキストで保存していたことが明らかになっています。さらに、セキュリティコード(CVV)まで記録していたという点でもPCI DSS(クレジットカード業界のセキュリティ基準)に明確に違反しており、「情報分析会社なのにセキュリティが甘すぎる」と強い批判を受けました。
当時、StratforのCEOは「我々の暗号化・保護策が不十分だった」と公に謝罪しています。
教訓と影響
この事件の衝撃は、「情報を扱う専門企業でさえ、暗号化を怠ると甚大な被害を招く」という点にあります。情報リテラシーの高い組織でも、人為的な油断や初期設計の甘さが大きな事故につながることを世界に示しました。
その後、クレジットカード業界では保存データの暗号化義務の再確認がなされ、業界全体でのセキュリティ強化の契機にもなりました。
暗号化の方法とは?|日常生活で使える4つの具体例
暗号化というと「専門的で難しいもの」と思いがちですが、実は私たちの身近なところで当たり前のように使われています。ここでは、初心者でも実践しやすい4つの暗号化の方法を、具体例つきで紹介します。
パソコン・スマホのファイル暗号化
パソコンやスマートフォンには、大切な個人情報や仕事の資料などが保存されています。万が一端末を落としたり盗まれたりしても、ファイルが暗号化されていれば中身を勝手に見られる心配が減ります。WindowsではBitLocker、MacではFileVaultといった暗号化機能が標準搭載されています。スマホも、画面ロックやパスコードを設定していれば、自動的に端末全体が暗号化される仕組みになっている機種がほとんどです。
メールの暗号化
メールは今も多くの人が利用する重要な通信手段ですが、送信中に第三者に盗み見られるリスクがあります。GmailやOutlookなどではTLSという方式で通信自体が暗号化されており、最低限の保護はされています。しかし、やり取りする内容がより重要なものであれば、PGPやS/MIMEといった方法を使い、メール本文自体を暗号化することもおすすめです。誤送信や盗聴に備えて、自分と相手の公開鍵を使うことで、より強固なメールのセキュリティを実現できます。
クラウド保存時の暗号化
Google DriveやDropboxなどのクラウドサービスでは、保存データがAESなどの暗号で保護されています。しかし、多くのサービスでは暗号鍵が運営会社側にあるため、万が一サービス自体が攻撃を受けた場合にはリスクが残ることも。大切なファイルについては、自分のパソコンで暗号化してからアップロードする方法も有効です。たとえば、7-Zipでパスワード付きZIPファイルにする、VeraCryptで仮想ディスクを暗号化するなど、無料で使えるツールもあります。
SSL/TLSで保護されたWebサイトの利用
インターネットで個人情報やクレジットカード番号を入力するときは、通信が暗号化されている「https」対応のWebサイトを使うのが鉄則です。SSL/TLSと呼ばれる仕組みによって、通信内容が暗号化され、第三者による盗聴や改ざんを防止できます。ブラウザのアドレスバーに鍵マークが表示されていれば暗号化通信が有効です。とくにフリーWi-Fi環境では通信が盗み見られやすいため、「https」非対応のサイトでは情報入力を避けましょう。
まとめ
暗号化は、インターネットを安心して使うための「必須アイテム」。共通鍵や公開鍵、ハイブリッドといった種類を理解すれば、より安全な選択ができるようになります。
もし企業や個人が暗号化を怠れば、情報漏えいや信用失墜など大きな代償を払うことになります。だからこそ、日常の中で「これは暗号化されているかな?」と少し気にすることが、大きなリスク回避につながります。
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